先日、ある語学学習の教本の中に興味深い一文を見つけました。

「自分で発音できない言葉は聞き取れない」

一般的に、人は会話において自分が発音する音を基準にして聞き取っており、発声器官と聴覚器官は脳の同じ部分を使って認識しています。これを専門用語ではモーター理論と呼ぶそうですが、同じ言葉でも自分が発音する音と違う音が聞こえた場合、違う言葉として認識する、あるいは認識できないという法則が成り立つようです。

この法則は、語学習得とは異なる分野でも同じことが言えるのかと思います。

例えば、同じ時間に同じ場所で同じ体験をしたとしても、そこから受ける印象は人それぞれ違うのと同様に、そもそもの素地が内面(インサイド)に無い限り、期待する反応(アウトプット)は求められないということになります。

仮に、外からあれこれと指示を出したとしても、その内容を「頭」ではなく「体」で理解するには、その理解するだけのものが当人の内面に無い限り、きちんと伝わらないということです。「音」ですらそうなのであれば、その音が持つ「意味」も伝わらないのは当然かも知れません。

一昔前、ある解剖学者が「『話せば分かる』なんて大ウソ」というキャッチコピーで本を出して大ベストセラーとなりましたが、この壁は、人の話に耳を傾けない、あるいは自分の意見ばかりを主張する場合においては、より高くより厚くより強固にそびえ立つものと思います。

この壁がアウトサイドからインすることを拒み、コミュニケーション不全に陥る大きな原因となっています。全てはインサイドアウト、内側からの自発的な力によって変化しない限り、この壁を打ち崩す方法は他に見当たらないのでしょう。

「自分で発音できない言葉は聞き取れない」。まさにコミュニケーション(相互理解)の本質を突いた言葉でもあるような気がします。

プロモーション事業部 北村