先日、最高裁で「GPS(全地球測位システム)端末を使って追跡する捜査はプライバシーを侵害  するため、違法」という注目の初判断が示されました。GPS捜査で得た内容を有力な証拠としてきた捜査機関には衝撃の内容で、逆に、新たな操作技術に歯止めが必要だと指摘してきた弁護士からは評価の声が上がっています。
 
 海外でも賛否が分かれるこの問題、結果的には、GPS捜査には全て令状が必要ということになりました。しかし単純に考えて、それって捜査になるのでしょうか?捜査対象者に令状を突き付けて、「これから1週間、お前にGPS捜査を開始する!」・・・なんだか、笑ってしまいます。人権・プライバシーの問題も大切なのは分かりますが、捜査目線で見ると、現実的ではありません。せめて、状況に応じて不要とか、緊急の場合は事後でもOKとか、中間の落としどころはなかったのでしょうか。世の中、白と黒しかないわけではなく、むしろ圧倒的に中間(グレー)部分の方が多いわけですから。
 
 私が注目したいのは、似たような問題が、あちこちで発生しているということです。つまり、科学技術が発達しすぎて、人間が振り回されている。GPSで言えば、幸か不幸か、昔はあんぱんや缶コーヒーを片手に尾行や張り込みをする程度のことしかできなかったのに、今やいとも簡単にすべてを把握でき過ぎてしまう。知りたくないことまで知れてしまう、見たくないものまで見えてしまう、日常生活の中でも、そんな経験はありませんか?スマホやパソコンをはじめとする技術の進歩は、そんな危険をはらんでいます。
 
 今回の判決では、憲法で保障された人権というものに対して科学技術がどこまで食い込めるのかが注目されましたが、司法は歯止めを求めました。しかし、今後さらに科学技術が進歩していく中で、人権との兼ね合いについてより高度な判断を求められることになるでしょう。もっと、シンプルに生きられないものでしょうか。複雑化していく社会に、なんだか肩が凝ってしまいます。


平成29年3月16日

プロモーション事業部
吉村