「ワーキング・プア」や「ネットカフェ難民」といった言葉が世に定着してから久しいですが、今年また新たな言葉が生まれようとしています。先日、国民の貧困層の割合を示す指標である「貧困率」が日本政府として初めて発表され、OECD加盟国30カ国中4番目に悪い27位ということで先進諸国の中でも最下部に属し、もはや一億総中流社会と言われたかつての日本の面影はもう存在しないようです。

そもそも貧困率とは何を表す数値かと言いますと、国民を上から順番に所得順に並べて、ちょうど真ん中に位置する人の所得の50%に満たない所得層の比率を意味します。具体的には、真ん中に位置する方の所得が仮に500万円だったとしますと、250万円以下の低所得者が全体の内どのくらいいるかと言うことです。

ここで注目すべきなのが、この貧困率が「相対的」であるということです。つまり、富裕層と貧困層の所得格差が広がれば広がるほど、相対的にこの貧困率は高くなります。「格差社会」の代表格であるアメリカが良い例ですが、国民一人当たりのGDPは先進国の中で最も高いにも関わらず、この相対的貧困率や生活困窮者の比率も断トツで一位となっています。直近の失業率が9.8%に達し、労働者の10人に一人が職を失い路頭に迷う中、ある証券会社の幹部のボーナスが数千万ドルという驚くべき金額がニュースとなり、いかに豊かさと貧困の格差が大きいかがこの数値から分かるかと思います。社会そのものの歪みやひずみがダイレクトにこの数字に表れています。

民主党政権により、緊急雇用対策やこども手当等の次世代育成の為の施策など、様々な形で今後の社会のあり方について試行錯誤が行われている一方で、税収をはるかに超える予算編成が審議されているなど、未来は必ずしも明るいものであるとは言えません。通常の会社や一般の家庭であれば、当に破産しているような状況の中、過去からの負の遺産が私たちの子や孫の世代に受け継がれ、今よりも貧富格差が広がっているかも知れません。

因みに貧困率の低い国は、教育・福祉サービスなどの社会保障が充実しているデンマークやスウェーデンなどの北欧諸国が占めていますが、国民全員が安心して暮らせる社会の指標として、今後この貧困率は重要な位置付けとなるのではないでしょうか。


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北村