我々は文字を書かなくなったと言われて久しいような気がします。もちろん必要に迫られてペンを手にすることはありますが、昔は手書きをしていた場面が、どんどんパソコンやスマートフォンへの「文字入力」に変わっているのを皆さんも感じることが多いのではないでしょうか。
その反動なのかもしれませんね、「手書き」の良さもしばしば語られることがありますが、今日はそこから更に一歩踏み込んで、文字を書く「スピード」に注目してみたいと思います。

我々が文字を書くとき、(写経なんかは別として)大概何らかの思考をしています。そしてその思考のスピードは、文字を書くスピードと関連性があると言われています。つまり、思いついたことをスラスラと記録できなければ(文字を書くのにいちいち引っかかりながらだと)、思考もまた分断されてしまうというわけです。そんな訳で様々な文房具メーカーから、滑らかに書ける!スラスラと書ける!という謳い文句で新商品が売り出せれている(そして実際に売れている)のです。

さて、ここでひとつの命題。

「書く速度が速いことは、いつだって正義であるか?」

現代社会において、効率性というものは絶対正義のように語られることが多くあります。しかしスピードや精度だけを追い求めるあまりに発生する効率化の弊害というのもまた様々なところで語られているのと同様、書く速度が速いことで、大切な何かが失われている可能性はないでしょうか。

先程、思考のスピードと文字を書くスピードには関連性があると言いましたが、まさにその点において、「ゆっくりと書くことで、じっくりと考えることが出来る」訳です。

例えば何かアイデアを練りたいとき、あるいは会社の大切な方針を決めたいとき、大切なひとに気持ちを伝えたいとき、そんなときにはいつものボールペンの代わりに、万年筆を手にとってみてはいかがでしょうか。

ペン先からゆっくりと流れるインクが、真新しい紙の上で文字に変わっていく。そんな風にして文字を書く時間と向き合うことで、新しい発見とひらめきを与えてくれるかもしれませんね。


平成27年4月13日

コンサルティング事業部