今の小学校では、先生は男子児童、女子児童問わず、「さん付け」で呼ぶことが多いと聞きました。小学4年の長男に尋ねると、その通りだとのこと。補足するなら、先生はいつでも「さん」、子どもらは、授業中は「さん」、それ以外は「君、ちゃん」を使い分けているとのことです。

いろいろ調べてみると、もう十数年前からそのような動きになっているようで、どうやら、「君」は目上の人が目下の人を呼ぶ時に使うものと定義付けられており、男女平等の意識を植えつけるために、みんなを「さん付け」で呼ぶようになったようです。そんな深い意味を考えながら「君」、「さん」を子ども同士で使ってきた人はいないでしょう。まあ、ダメというわけではないですが、やっぱり不自然に感じるのは、そういう教育を受けて来なかった私達の場合であり、4年生の息子にとっては、わりと自然に受け止められているようです。

人は時として、自分が経験してこなかったことに対して違和感や嫌悪感を抱くことがあります。それが未経験のものではなく、経験したことがあることが自分の記憶とは違うものと感じたときはなおさらかもしれません。

「今時の若いモンは」という言葉があります。随分と前から使われている言葉ですが、いつの時代もこの言葉の発信者は、その昔「若いモン」と呼ばれていた人々。やはり多くの人が自分の経験則から物事を判断しているということです。これは決して間違いではなく、むしろ自然なことだと思います。ただ、間違いではないけれど、時として必ずしも正解ではないのでしょう。

他人の行動や言動、または物事の性質を分析する際に、まずは肯定的な観点で捉えるのか、否定的な観点で捉えるのかによって、抱くイメージは変わってきます。ここで言いたいのは、すべてを受け入れなさいというのではなく、一旦自分の中に落とし込むことが大切だということです。最終的に自分で判断して出した答えを貫くべきですが、そこに至る経緯、選択肢は多いほうがいいですし、より可能性は広がっていくはずです。

平成27年1月20日

コンサルティング事業部
城戸