今、巷では「社二病」なるものがあるらしい。

自分は選ばれた人間だ、時間を止められたらこんなことをしたい、と思春期にありがちな考えを持つ「中二病」。
中二病が進化して、夢見ることを否定して現実を見つめることが出来る自分は偉い、と勘違いする「高二病」。
少し大人になり、カフェで一人コーヒーを飲んでいる自分が格好いいと自分に浸る「大二病」。
「社二病」は、そこから更に進んで、社会人二年目になると、多少なりとも社会の常識・厳しさを経験し、入ってきたばかりの後輩を掴まえて「いつまで学生気分が抜けないの?」と言ってみたり、会話の中でカタカナ語を織り交ぜて話してみたり、自分はもう世の中の道理を全てわかったと達観した気分に浸ってしまう症状らしい。

自分の周りを見渡してみると、結構いるものである。

先日行った採用面接に来てくれた25歳の応募者は、「自分はやれば出来るのに、上司がうまく自分という人材を活かしてくれないから能力を発揮できない」と自分の能力の低さを棚に上げ、前職を退職していた。これは、まさしく「中二病」である。

その面接で不合格にした人達をよく思い返してみると、これら四つの「○二病」に分類することが出来る。
しかし、それは面接を行った私自身が「○二病」の症状が鼻についてのかもしれない。

自社内を見渡してみても、「○二病」の症状を持つ社員がちらほらいる。
その社員に対して、私が思っている評価は正直高くない。青臭さや物足りなさを感じているのが理由である。

逆の見方をすると、その社員からは私は「○二病」だと写っているのかもしれない。
部下を青臭く感じるのは「高二病」だとも言えるし、物足りなさを感じるのは「大二病」だとも言える。

評価するということ自体、すごくエゴイストなものに思えてくる。

だからこそ、社員の評価・判断はルールに則り、慎重かつ公平に行わないといけないし、「○二病」を反面教師にして、自分の見られ方・自社のあり方を考えていけば、一番大事なことであるクライアントからの信頼を得続けること、が可能となるだろう。