私は小学校の軟式野球に指導者として携わっています。
毎週練習などはあるので身体がツライと思う時もあります。
特に今のこの寒い時期になると特に思いますが、子供たちが
頑張っている姿を見るとやっててよかったと思います。

その中である部員が試合で急によく打つようになってきた時期が
ありました。どうしたん?と聞いたところあるプロ野球選手の真似を
しているという事でした。遊び半分でしたところちょっとした自信になって
そのまま継続したら上手くいったとの事でした。

なるほど!と思いましたがこの真似るというのは実は誰もができることでは
ないように思います。しかも日本においてはあんまりいい事とは感じない風潮が
あるのかと思います。『猿真似』という言葉があるからでしょうか?

我々の業務の中にコンピテンシーという言葉があります。
この場合のコンピテンシーの意味は『仕事がよくできる人の行動特性』ということに
なり、その人の行動を真似する、学ぶということになります。
仕事ができる人と同じことをすれば企業全体として成長できるであろうという事です。
でも実際はそのようにいきませんでした。
それは仕事ができる人の『見えている部分』を真似はしているが、『見えていない部分』を
真似出来ていないからです。

さらにですが、真似る対象を間違っているケースもあります。
分かりやすく言えば、中小企業が大企業を真似ても上手くいきません。
新入社員が管理職を真似ても正しいとは言えません。
どの人のどこの部分を真似ることが必要なのか、その思いが一番大事です。

私は真似るという事は戦略だと考えます。人のいい部分だけを自分のものにする
という事は人が成長する上では近道です。ある意味いろんな人のいい部分だけ
真似て行けば、誰にも負けない人材が出来上がります。

でも先ほどお話した通りいくつかの問題点があり、真似るという事が上手くいっていない
ケースが多いです。それが誰でもできないという事です。
結局は何も感じ取れなくて、考えていないのです。
表面上の見たまんまを真似しているからです。
何をしようにも考える力は必要です。

では真似る事はしなくていいのかと思うかも知れません。
仕事ができる人の真似は全員ができませんが、
逆に仕事ができない人の真似はしやすいはすです。
分かりやすく言うと、職場で普段怒られている社員がいたとします。
その怒らている内容は社内でも雰囲気的に分かるはずです。
やっちゃいけない事をしない、という事は真似るという意味では
有意義なはずです。自然と多少でも考えるという事をするはずです。

単なる真似事ではなく、その行動特性の奥底にある物事の本質を
見極める努力も同時に必要です。

プロモーション事業部
田口